2012年3月1日木曜日

「意識の高い学生」ブームが今後社会に与える影響



昨今、社会的なことに対して興味が強い学生、通称『意識の高い学生』のブームが起きている。

彼らは学生なのでもちろん社会に出ていない。
そのため、世間知らずではあるがそれゆえ潔癖で正義感が強く「今の社会を良くしよう!」と考えて行動している。

彼らが大人になってもその潔癖な気持ちを忘れず心に留めて社会の中を動き社会の中心になれば、今の日本の癌である既得権益層、つまり一部権力者が社会に悪影響を及ぼすことを省みず自らの利益をむさぼるような構造を打破できるのではないだろう。

だが、そもそも彼らは今の潔癖な気持ちを忘れず年を取れるのだろうか。

私が思うに、意識の高い学生ブームというのは生まれたときからの不景気をはじめとした厭世、ましてや就職不安からくる『何者かにならなくてはいけない』という圧力からくる不安が根底にあると思う。
そのような『何者にもなれていない平凡な自分』は『社会的に良い』とされることを行うことで『何者かになれた』と錯覚し承認欲求が満たされる。
つまりこのブームは『何物にもなれていない』という、ある意味コンプレックスといえるものが根底となっている人が多い。
(もちろん、社会に対する正義感や自分が面白いと感じたことがたまたまそのような活動だった人もいるが)

もしそのコンプレックスが正しいならば、承認欲さえ満たされたら代替は可能だ。
今はたまたま目につきやすい学生団体がそのための拠り所となっているだけだ。

ならば、承認欲が最も満たされるうちのひとつである権力というものを手に入れたとき、それが社会害悪である既得権益のようなものでも依存するのではないだろうか。

このような仮定をたてた理由として、『意識の高い学生』と呼ばれる人たちと多く会ってきて、『学生団体』という権威に自らのアイデンティティを預けている人が多く感じたからだ。
学生団体に入ることで満足して、自らは考えず動かず、使い走りになっているだけなのに「自分はすごいことをしている!」そのような人を多くみてきた。
「ファッション感覚で学生団体活動をしている」とも言い換えれる。
「学生団体に所属すること」は何かを達成するための手段ではなく、承認欲が満たされる目的なのだ。

そのような人たちは「スゴイと言われている~と知り合い!」「社長と知り合い!」といったことをとても価値あるように感じている。また、セミナー主催者などの(学生から見たら)すごい人の言うことに絶対的信頼を置く。

『すごい人』を教祖様とする宗教に近いかもしれない。神様でもいいのかな、多数の「すごい人」を崇める多神教。
そのため、端から見ていて教祖様を絶対視し、思考停止をしておりすごく危なっかしい。

そう考えると今の意識の高い学生ブームは昔流行った学生運動のように、かつての気概は大人になって霧散し、結局のところ何も影響を及ぼさないのではないだろうか。


しかし、もちろん中にはファッション感覚ではない人もいる。
彼らは、自ら望む『社会をよくする』ということへの『手段』として学生団体に入るなり作るなりして、常に自分の頭で考え、行動している。
彼らのような権威に従属せず、自らの正義の道を突き進むような学生が増えれば今の日本のような一部の既得権益層が得をし、それ以外が不利益を被るような社会構造は変わるのかもしれない。

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