2012年3月13日火曜日

絶望の国の幸福な若者達レビュー





この前朝ナマで古市憲寿さん著「絶望の国の幸福な若者達」を取り上げて議論していたので、最近再読してみたのでレビュー。


※作者の主張が正しいとして展開します。

内容としては

・「仲間」がいる「小さな世界」で日常を送る若者たち。これこそが、現代にいきる若者たちが幸せな理由の本質である。

・「小さな世界」の中に生きているならば、いくら世の中で貧困が問題になろうと、世代間格差が深刻な問題であろうと、彼らの幸せには影響を及ぼさないことになる。

に集約されている。

自分を含む「小さな世界」のみが「自分の世界」であって、それ以外の世界はあまり関係がない。
さらにいえば、「別の世界の話」なのでリアルに感じない。
政治がどうなろうが、自分たちがどうこうできる話ではないのでリアルを感じないのだ。
さらに言えば、巻末で佐藤健さんが言っていたように「今が幸せだし消費税が上がろうが政治がどう動こうが関係ない、どう変わろうが自分は幸せに暮らせる」のだ。
これはもはやリバタリアニズム的考えで個人主義が蔓延しているように思えた。
自分の「小さな世界」が侵略されないのならばそこで個人個人楽しくやっていくさ。そう考えるのも無理がないと思う。

生まれたときから不況、政治家のスキャンダルの多発による政治不信、などなど「社会に対して僕らはどうしようもない」という無力感が蔓延している。それならば社会という関与できない、別の世界のことなんかより関与できる自分たちの世界を。
さらにいえば、自分たちの小さな世界で現代はいくらでも満足出来うる。

ほとんどの人は最低限の社会権は守られてるし、パソコンやゲームなどの娯楽品も持っている人も多い。
特に、昔と比べて娯楽が多様化され好きなものを安価でできるし、ましてやインターネットさえあれば無限大の情報にアクセスできる。
食事も高級寿司は無理でも安価で"そこそこ美味しい"ファストフードも食べられる。
つまり、多くを求めなくてもそこそこならば十分幸せを感じられる。
さらに、古市さんのいうように『現代日本には、恋人や友人に依存しない形で、僕たちの承認欲求を満たしてくれる資源が無限に用意されている』。
例えばSNSでいつでも誰とも繋がれるし、ニコニコ動画などを使えばプロのような扱いもも容易に受けられる。

今が満足でき、未来をリアルに感じない。そんな若者が、幸せに感じない理由などないのではないだろうか。

さて、ここで思ったのは、彼らはかりそめながらもマズローが言う人間の欲求、
・生理的欲求
・安全の欲求
・社会的欲求(所属と愛の欲求)
・承認の欲求
・自己実現の欲求
のうち最初の4欲求(欠乏欲求)は満たしている。


ということは最後のひとつ、存在欲求である「自己実現の欲求」が足りないのでそれを目指すのではないだろうか。
つまり、「自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求」が自らを動かす。

以前、『「意識の高い学生」ブームが今後社会に与える影響』という記事に書いたように、最近学生団体は乱立している。
学生団体とは「自己実現の場」。
なので、「自己実現の欲求」が満たされる場なので最近乱立してるのかな?とも思ったり。

しかし、記事に書いたように実際は「自己実現の場」というより「所属と愛の欲求」や「承認の欲求」に近い行動をする人が多い。
これはかりそめながらもマズローの4欲求を満たしたからなのではないだろうか。
かりそめの4欲求を満たして最後の関門であり、性質の異なる「自己実現の欲求」に辿り着いた(気になった)。
だけれども、結局満たしきっていなかったはじめの4欲求に戻ってしまった。
……そうとも考えられないだろうか?
だからちぐはぐな行動になる。

いかにこの「かりそめの欲求」を"かりそめ"じゃなくすかが今後の若者の鍵なのではないだろうか。
そのためには「小さな世界」という平和なエデンの園から脱出して「大きな世界」・・・それこそ文字通り世界を見たりするのが大切なんじゃないかなー、とか再読して思いました。

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