2012年4月9日月曜日

言葉を言霊たらしめ影響を与えるには




人が人に何か伝える一番手っ取り早い手段は「言葉」である。
自分の中では「言葉」が人の表面部分を、「ふるまい」が内部を見られているように思う。
しかし、ブログやtwitterなどのSNSでの自分の表現方法は言葉の一種である文字に限定される。
そのため、自分の思っていることを相手にできる限り伝えるために文章力の向上、細かいニュアンスを伝えるための語彙を増やすことは今の時代必要不可欠に思われる。

さて、「言葉」というのはあくまでその人の思っていることの一部を喋ることで外部に出しているにすぎない。
言葉という具体的なものになっていない、自分でも認識できていない抽象的なもやもやとした考えというものも人間には多くある。
そのため言葉というものは思考の全てではない。
なので、相手に何か伝えるさいに補完として、先ほど言ったふるまい・・・さらに言えば人格が必要となってくる。

「言葉には力がある」というニュアンスで「言霊」という単語が日本にはある。
普通の言葉を言霊レベルにまで昇華させるには、いかに言葉に人格を乗せられるか、そして相手にその人格を評価させるかがポイントだと思う。

やはり相手に何らかの評価をされていないと、言葉に乗せた人格が門前払いされるので言霊にならない。
「良いことを言っているのなら誰が言っているかじゃなく、何を言ってるかだけを素直に見る」のが本来は正しいのだけれど、現実問題として、やはり「誰がいったか」とまではいわなくても評価されていない人が言っても伝わらないことが多い。

(余談ではあるけど、このあたりのことはF・ベーコンが唱えた、人間に発生する4つの偏見の種類のひとつに劇場のイドラに通じるけど参考1参考2
簡単に言えば、「偉い人・権威ある立場の人が言うのだから正しいはずだ」という間違った認識のこと)

だからこそ、「人を動かす」だとか誰かに影響させたいのならば人格は必要不可欠だと思う。
ただ、人格だけみせても動けない人が多い。
周りにすばらしい人格を持っている人がいて、それにひっぱられて行動に移す人もいれば移せない人もいる。
だから、その自分の人格への補完としての言霊に昇華された言葉を使うことが誰かに影響を与えるには必要なのかな、とか思ったりする。

0 件のコメント:

コメントを投稿