2012年5月1日火曜日

挫折続きの人生



突然だけど自分語り。
僕は高校のときは工学デザイン系を将来的にやりたかったので受験では九州の某大学を受けた。
で、落ちて浪人へ。
予備校は高校のやつらがいない代ゼミへ(同級生は俺ともう一人(知らない人)以外はみんな駿台)。
そこで友達も作らずに自分なりに必死に勉強をして再度受験をしたけれど結局受験失敗。
自分の県で滑り止めとしてはちょうどいいレベルって以外特に理由も無く出していた国公立中期日程の兵庫県立大学理学部へ入学。
工学部ならまだしも、理学部。
自分のしたい分野と重なる部分はほぼなく、腐っていたけれど工学デザインの道をあきらめきれないで3年次編入試験を受験することを決意。
大学の勉強などもあるので、4月までに編入試験合格のメドがたたなかったら潔く諦めるということで、しばらく必死に勉強(編入試験は次年の夏頃)。
で、まぁ4月になる時点でメドがたたなかったので潔く諦めた。

・・・と、いうわけでやりたいこと、つまり"夢"に関して必死で追いかけて挫折して、復活してということを3回やってます。

さて、そのあとまた腐った学生生活が再開するわけですが、夏くらいに色々あって
「何か目標がないと俺はずっと腐っているだけじゃないのか」

「大学でやる学問に興味はまったくないし、今は完全に宙ぶらりん状態。逆にいえば今なら何でもできるのではないか」

「どうせこのまま何もしたいことはなしで、頭も悪くて、ならば普通にこのままでいたら何も為すことなく、ただの社会の歯車で終わるだけではないのか。つまり、このままなら人生は詰んでいるのではないか。どうせこんな負け戦の捨てたような人生だし変な道でも失敗とか今更関係ないし何をやってもいいのでは」

「ていうかもう楽しかったらなんでもよくね」
という思考に至った。


大学受験程度で人生もう駄目ぽとか鼻で笑う人もいるかと思うけれど、自分の中で今に大きく繋がってる「失敗をおそれずにやってみる」「楽しかったら正解」というスタンスの出所は、この受験失敗挫折パレードにあると思う。


"楽しむ"という観点では「失敗をおそれない」・・・厳密には「将来どうなろうがどうでもいいや」というのは強いと思っている。
楽しさだけじゃ世の中やってられない。

例えば、極端でおおざっぱな例だが「やりがいを感じられるが、将来への不安と賃金の安さの中小企業」「やりがいを感じづらいが、将来への安定と賃金の高さ」の2つで就職企業をどうするか迷ったりする大学生も多いと思う。
楽しいと感じれる方へ行こう、とするならば中小を選ぶ。
しかし就職という、人生の重要な局面(ましては新卒という現代就活で重要なカードを使うし)ではどうしても「将来の不安」がネックになる。

そのときに、「失敗をおそれない」ならば「将来の不安」などどうでもいいので素直に"楽しさ"だけで判断できるので迷わずに中小企業にいける。

それは人によっては何も考えないで刹那的に生きているように思えるのかもしれないが、僕はこのスタンスで人生を謳歌しようと思う。

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