2012年9月14日金曜日

日本人にとっての倫理の拠り所

遠藤周作の「海斗毒薬」という本を読んだ。


これは実際に戦時中に九州帝国大学で捕虜で生体実験をおこなった事件(wikipedia)を基に書かれたフィクション小説である。
戦時下という極限状態で人は心からの行動を取る。
そして、そのとき日本人の倫理はどうなるか。
倫理の行動規範は何なのか。
そんなテーマです。

知っての通り、多くの日本人は無宗教です。厳密には仏教とか神道ですが、意識的に・明確に信ずるという点では無宗教です。
信仰する宗教がある人は、行動規範・倫理規範は宗教(神)に基づきます。
では、信仰する宗教が無い日本人は何を行動規範・倫理規範とするのか。
この小説で述べている通り、日本人は倫理観を"世間"、別名"空気"や"集団心理"といったものに求めるように感じられます。
つまり、明文化された規範がない。あやふやなんです。統一されてないのです。
そして、絶対的もので無い故、本人が内心正しいと思っていないことにも"周りに合わせて"従ってしまいます。
確固たる信念の拠り所が無いとも言えます。

「だから日本も特定宗教を信仰しよう!」などということは言いません。んな風潮を作るのは今更無理ですし。
では、何を拠り所にすればいいのかというとやはり"自分"ではないかと。
自分の考え(所謂"軸")をハッキリとさせていたら、何かが起きた時自分の軸に聞いてみたら行動規範がわかる。
そして、"軸"が確立されていればされているほど、それは絶対的なものとなる。

特定の信仰する宗教を持たない日本人は、自分の拠り所がないからこそ自分自身を拠り所とするべきではないでしょうか。

余談。
この不安定な日本では不安が付きまとう。
明日の見えない世の中で、頼れるものはない。
どう行動するのが正しいか教えてくれる絶対的なものがない。
なので、倫理観だけに限らず今後世の中を生きるためにも「自分の軸を持つこと」は必須にならざるを得ないと思う。
詳しく書いたの記事こちら→自分の軸を持つことは個人的には一番大切だし、面白い人は持っているよね

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